現存最古の路面電車は今。未来に向けて走り出す?
私は子どもの頃、路面電車に乗るのが楽しみでした。
京都の嵐電、大阪の阪堺電車、
そして祖父母宅に行くのに乗った広島電鉄…。
「グォーン」と唸りながら走り出す音と、
どこかのんびりした車内の空気が好きでした。
今では人と環境に優しい交通機関として、
改めて注目されている路面電車。
日本で初めて走ったのが京都でした。
日本初の路面電車
明治維新の東京遷都で、京都の人口はみるみる減少。「いずれ狐や狸の棲家になる」と言われるほどに。
京都の先人たちは、
「これではあかん」と立ち上がり、
琵琶湖の水を京都に運ぶ、琵琶湖疏水(第1疏水)の開削や、日本初の公立小学校「番組小学校」を設立するなど、まちの“近代化”に邁進したのです。
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明治24(1891)年京都では、琵琶湖疏水を利用した、日本初の営業用の水力発電所「蹴上発電所」が稼働し、その電力が、日本初の路面電車の誕生につながります。
明治28(1895)年、民間会社の京都電気鉄道会社(京電)が、現在の京都駅から伏見を結ぶ路線(約6km)の営業を開始。
その2箇月後には、現在の平安神宮周辺で開催された「内国勧業博覧会会場」への路線も開通。観光客の足としても活躍します。
琵琶湖疏水頼みの水力発電。
当初は疏水の水が止まれば、電車も止まったそうです。
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明治45(1912)年には京都市が「市電」を開業。
その後大正7(1918)年に、市が「京電」を買収して以降、京都市営となりました。
路線図(昭和36年当時)を見たら、
伏見区の中書島から北区の植物園前、
祇園や銀閣寺まで。
総距離は約75㎞にも及ぶなど、
市民の足として活躍していたことが伺えます。
そんな京都の暮らしを支えた“市電”ですが、自動車の普及などから昭和53(1978)年に惜しまれつつも全廃されました。
現存最古の路面電車に会いに行く
「市電」の廃止から46年。
その現存最古の車両が平安神宮さんにあります。
社殿の周りをぐるっと囲む御神苑。
明治時代を代表する日本庭園で、四季折々の美しい景色に癒されます。
その南苑の小道を進んでいくと、木々に溶け込むように1台のレトロな路面電車が静かに佇んでいます。
この電車の名は「京都市交通局二号電車」
通称:N電(狭い線路幅でNarrowのN)。
明治44(1911)年に大阪堺市の梅鉢鉄工場で製造された国産車両です。
明治から昭和36(1961)年の北野線廃止まで、京都のまちなかを駆けまわり、引退後は平安神宮さんが引き取って、これまで保存してこられました。
この車両、ただ“歴史がある”だけではありません。
製造当初の構造・部品を残しながら、
現存する最も古い路面電車として、現役当時(昭和36年の廃車時)の姿をしっかりと留めている大変貴重なもの。
令和2年9月、その価値が認められ、路面電車初となる国の重要文化財に指定されました。
少し高めのステップを「よいしょ」っと車両に乗り込みます。
客室に入ると、木張りの床、窓、モケット張りのロングシート、つり革なども現役時代そのままに。
ここだけ時が止まったかのようです。
台車が車体が一体化した「単台車」と言われるもの。
車内の床板を外していただくと、そこには車輪と電動機が。
走っていた当時そのままに残っています。
貴重な文化財と先人の心意気を未来に
廃車後に、平安神宮の御神苑に保存されたことで、昔のままの姿が維持されて、貴重な文化財となりました。
そんな電車も、約60年の時を経て、車体や覆屋の老朽化が目立つように。
平安神宮さんでは、このN電を修繕するプロジェクトを進めておられます。
権禰宜の室川豊史さんにお話を伺いました。
室川さん|平安神宮は令和7(2025)年、御鎮座百三十年の節目を迎えます。その「平安神宮百三十年祭」の記念事業のひとつとして、この電車を修繕し、多くの方にご覧いただけるよう、現在の有料区画から応天門(無料区画)への移設を計画しました。
休日にはイベントなどで賑わう神宮道に面した場所。ここであれば、多くの方々にN電に親しんでいただけますね。
しかし、国(文化庁)としても初めてとなる文化財の路面電車の修理。
専門家と慎重な検討を重ねた結果、想定よりも多くの費用(なんと約2億1千万円!)が必要だと分かりました。
室川さん|この電車は日本の近代化を支え、市民・国民の皆さんにとっても大切な財産です。私たちはこの貴重な電車を、後世に伝えていきたい。その思いから保存と修繕に取り組んでいます。
そこで、平安神宮さんでは、京都市民をはじめ全国の皆さん、鉄道を愛する皆さんと共に保存計画を進めようと、この度、クラウドファンディングに取り組まれています。
ぜひ、ご協力をお願いいたします。
思いをつないでいくこと
今回初めて、N電の中を拝見しました。
外国製の部品を使いながら国産の車両を作り上げる。
まだ見ぬ路面電車を、京都のまちに巡らせた、
先人たちの並々ならぬ情熱の一端を、垣間見た気がします。
まるで、タイムカプセルのようなこの車両。
明治を生きた人々の京都への熱い思いと共に、未来へと繋いでいきたいですね。