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「一服どうぞ」の気持ちで。本質が人と未来をつないでいく。

今、京都市では、2050年に向けたまちづくりの方針「長期ビジョン」の策定を進めています。

京都のまちは未来に向けて何を守り、何をつないでいくのか。

今回は、茶道資料館副館長の伊住禮次朗いずみ れいじろうさんに、茶道の伝統を未来につなぐ取組や、京都の魅力と課題、未来に向けた思いを伺いました。

《プロフィール》
裏千家16代家元坐忘斎の実弟・伊住宗晃の次男として京都に生まれる。茶名宗禮。同志社大学卒業後、京都芸術大学大学院で茶釜の研究で博士(学術)取得。堺市学芸員(非常勤)を経て、現在は茶道資料館副館長、裏千家学園副校長。NPO法人「和の学校」理事長や「茶美会」主宰もつとめる。
京都市の「長期ビジョン」に若手の視点で提案を行う「未来共創チーム会議」のメンバーとしても活躍中。



“ちょっと”から“もっと”に。茶道との出会い

茶道の家に生まれて

伊住さん:6歳の頃、「ちょっとお茶でも点ててみようか」という感じで、お稽古が始まりました。

大学生になるまでは野球やスケートボードなど、わりと自由にいろいろなことをさせてもらっていました。
絵を描くことが好きで、大学では音楽イベントのチラシ作成やライブペインティングなども。

やがて20歳を迎え自分の進路を考えた時、改めてお茶のことを学び直したいと思い、お家元にお願いして稽古を再開していただきました。

茶釜を通してお茶を学ぶ

伊住さん:広く茶道を学ぼうと、大学院では茶釜を研究テーマに選びました。茶道具は流儀を超えて茶道を学ぶことができます。

実は茶釜を研究すると茶道の歴史も見えてくるんです。利休さんの時代に茶室が小さくなれば、茶釜も小さくなったりとか。お茶の楽しみ方も時代と共に変わってきたことが分かります。

ただ、茶釜の研究をしている方は少ないので、よく質問されるのがプレッシャーでもありますね。


本質をつないでいく

SNSが全盛の時代に、茶道の役割

伊住さん:茶道では、道具を誂え、お料理を出し、お茶を点てるという、ものすごい手間をかけてお客様のために時間と空間を作ります。
手軽な現代のコミュニケーションとは逆を行っているかもしれません。手紙をわざわざ毛筆で書くような(笑)

特にコロナ禍以降、お茶会も少人数で向き合える本来のスタイルに変わってきています。お茶は相手を思いやることを大切にしてきた文化です。人と人が直接会うことが見直される中、時間と空間を共にすることに喜びを見出すお茶の文化の大切さは、これからも際立っていくのではないでしょうか。

茶道を次の世代に

伊住さん:今、「茶美会さびえ」と「和の学校」という2つの活動に力を入れています。

茶道×現代アート「茶美会」

茶美会さびえ」は、現代アーティストとコラボレーションして、茶の湯と現代アートをつなぐ活動です。

長い歴史の中で積み重ねてこられた伝統も、どこかで問い直すことが大切です。利休さんの時代のお茶には、社会に対する問いかけや強い表現がありました。

現代アートを通じて、伝統文化への問いを打ち立てるなど、違った視点からお茶の本質を見つめ直すきっかけになればと期待しています。

子どもたちが本質に触れる「和の学校」

これは、幼児教育の中で伝統文化に触れる機会をつくる活動です。

小学生以上の子どもたちは理解力もあるので、教科書的な意味での作法や型を『学ぶ』ことが入口になることが多いと思います。

でも幼児期の子どもたちであればそうはいかないので、茶道の本質的な部分、例えばお茶を入れる意味など、茶道の根底にある大切なことを感じてもらうような『あそび』の場をつくれないかと。
そのような幼児教育に基づくアプローチを、様々な専門家の方々とともに実践しています。

子どもが自作の茶碗で抹茶を点てるワークショップの様子
(撮影:三田一季)

京都に感じる魅力と課題

京都市の「未来共創チーム会議」のメンバーでもある伊住さんから見た、京都の魅力と課題について伺います。

京都はみんなを美しくする

伊住さん:与謝野晶子の「清水へ祇園をよぎる桜月夜 こよひ逢う人みなうつくしき」という歌があります。
京都というまちは、そこにいる人たちをみな美しくさせるような力を持っているんです。

例えば鴨川にはいろいろな方が思い思いの時間を過ごされています。
日光浴をしている人、トランペットを吹いている人、子どもたちと遊んでいる人など…そこにいるだけでちゃんと京都の一要素になっている。

みんなが別々のことをしながら、お互いに興味はあるけれど、心地よい距離感を保っています。お店に入ったら知り合いだらけだったり(笑)
でも、ちゃんと距離感があるから、しんどくないんですね。
そういうカオスな感じを「京都」というもので上手くまとめ上げられるところが面白いと思います。
様々な方が集まるお茶会にも通じるものがあるかもしれません。

鴨川河川敷

“ベスト”にこだわる京都の課題

ベターがあっても良いのでは

伊住さん:京都の課題として、まずは景観です。
まちの雰囲気は、そこに住んでいる人の心を整えていく効果がある。景観が守られることで、京都の価値が保たれてきたのではないかと。
古いものを大切にしつつ、新しい要素も取り入れていくバランスが大切だと思います。

例えば景観を保全しているエリアは整然としていますが、一方で繁華街などは看板や建物の高さ、デザインがバラバラで統一感がありません。都市としての景観保全の理念や共通認識が不十分にも感じます。

前回の会議でも「京都はいつもベストにこだわる」という指摘がありました。
保存すべき歴史的建造物などはベストな状態で残す一方で、すべてを完璧に保存するのは難しいので、古材を活用するなど名残を残しつつ、現代のニーズに合わせた改築も進めていく。そんなベストとベターの両立を目指すことも必要だと思います。


「理想京」に向けて

交じり合いのシナジーを大切に

伊住さん:京都はオーバーツーリズムや文化財の保存など日本の先進事例となっているまちだと思います。

観光混雑で、市民がバスに乗れないなど迷惑な側面もありますが、京都の外から来られて、常に流動している人たちは、京都にとって大切な存在です。古いものと新しいものが交じり合って、シナジーが生まれる。この流動性をポジティブに捉えることは京都にとってとても重要だと思います。

「観光税」などはいかにも分かりやすいですが、観光客の皆さんにも京都の文化を楽しみつつ支えてもらうような仕組みがあれば、市民の方々も納得でき、良い循環が生まれるのではないでしょうか。外からお越しの方々をちゃんと受け止められる受け皿を作ることが大切です。

「一服どうぞ」の気持ちで

伊住さん:お茶は人と人をつなぐものです。「一服どうぞ」という気持ちを示すことで、お客様をどう受け入れるかを考えるきっかけになります。
京都にお越しになる方に、周辺環境を整え、心と心が通じ合う場所を作る。茶道が、観光客と市民をつないでいけると素晴らしいですね。

(撮影:小林庸浩)

本質がつなぐ未来

今回のお話を伺う中で、何度も“本質”という言葉が出てきました
現代アートとのコラボレーションや、幼児教育で茶道に触れる機会をつくるなど、ご自身も茶道の本質を探究しながら、それを伝えて、未来につないでいこうとされているお姿が印象的でした。

社会や価値観が目まぐるしく変化する今の時代だからこそ、緩やかに変化を受け入れながら歩んできた京都の“本質”をきっちりと確認することが、未来につながるのだと改めて感じた時間でした。


現在、京都市では、まちの未来像となる「長期ビジョン」の策定に向け、特設WEBサイト「みんなの理想京 idealKyoto(アイディールキョウト)」を開設し、“声”を集めています。

京都市民だけではなく、京都を愛してくださるすべての声をつないで京都の未来を構想してまいります。ぜひ、ご参画ください!

📝ヒロ(市長公室広報担当)
広報担当2年目の職員。京都市職員は採用後の研修で茶道を体験します。アタフタしている同期をしりめに、そつなく所作をこなす人もチラホラと。カッコ良いなと思いました。私もそんな大人になりたいです。