海外の映画祭で13冠!映画『事実無根』は、京都の奇跡から生まれた。
「事実」よりも大切なものー
ウソか本当かの見分けが難しくなっている今の時代と、どう折り合いを付けて生きていくのか。そんな問いを投げかける作品があります。
京都のまちなかに実在する喫茶店「そのうちcafe」を舞台に、それぞれの“人生のやり直し”を温かく描いた映画『事実無根』。
海外の映画祭で13冠を達成。
いよいよこの2月、地元京都の映画館で公開されます。
今回取材したのは、京都に移住しこの作品が映画監督デビューとなった柳裕章さんです。
作品の生まれた背景から、映画のまち京都への思いなど、ファインダー越しに見える京都の魅力も満載です。
事実無根な人っているの?
柳さん:この作品は、私自身の経験に基づいたストーリーです。
冤罪で大学を追われてホームレスになった元教授・大林明彦(村田雄浩さん)が、生き別れた娘・沙耶(東 茉凜さん)に会いに来る。
そして、娘のアルバイト先「そのうちcafe」のマスター星孝史(近藤芳正さん)も、過去にDVがあったと妻から一方的に証言されて、娘と会えないでいる。
それぞれが苦しい過去と向き合い、「事実」よりも大切なものに気づいて一歩を踏み出していく。そんな再生の物語です。
ー現実は白と黒ではない
柳さん:脚本を担当してくれた松下隆一さんが「本当に事実無根と言える人はいるんかな?」とおっしゃいました。SNSなどでも無意識に誰かを傷つけたりしているんじゃないかと。
「事実」がどうであれ、意図せぬ結果に結びつくことがある。
自分自身の経験も踏まえ、そんな現実とどう折り合いをつけて人は生きていくのかを描きたいと思いました。
京都だから生まれた作品
ー運営費などのためクラウドファンにも挑戦されました。
柳さん:テレビドラマでの監督経験はありますが、映画は初めてです。自主制作と言うことで、クラウドファンディングにも挑戦しました。
最終的には300万円の目標額を達成できましたが、最初はどうなるか不安で…京都市メディアセンターのバックアップは大きかったですね。本当に感謝をしています。
ーなぜ京都を舞台に選ばれたのですか?
柳さん:映画は京都で作った方が面白いものができると思ったからです。
東京と違って京都は人のつながりが濃くて、作品ごとにメンバーが変わることがありません。信頼のおけるチームで経験を重ねながら、みんなでレベルアップしていける感じがします。
また、長く時代劇の制作に携わっていた経験も大きいです。
以前、映画のセットや小道具を担当する「装飾部」で働いていたのですが、京都では手桶など時代劇でそのまま使える小道具が今も残っています。
そして職人芸が残っている。
たとえば囲炉裏に鉄瓶をひっくり返してぶわっと灰が舞い上がるシーン「灰神楽」って言うんですけど、失敗したら撮り直すのが大変なんですよ。でも京都の小道具さんは一発でこなしてしまう。
カッコいい!って憧れました。
京都は映画を作るのに最適な環境があると思っています。
ー海外での受賞にもつながった時代劇の経験
柳さん:この映画は現代劇ですが、所作や間合い、撮影方法などは時代劇の「型」が生きています。
撮影を進めるうちに、ベタな部分がありつつ、人間の本質と言うか、普遍的なものに迫っていくような感覚がありました。
この作品に込めた、親が子どもを思う気持ちや、人が人を気づかう優しさなど、人としての普遍的な部分に共感してもらえたのが、海外の映画祭での受賞につながったと思います。
京都の日常を描く
撮影の舞台となった「そのうちcafe」は、下京区六条院公園の脇に実在するお店です。
木の温もりに溢れた店内と個性的なマスター。
地元の方がふらりと寄られ、リビングのように過ごされる、静かで心落ち着くお店です。
ーすてきなカフェですね
柳さん:この作品では、キラキラした京都ではなくて、京都の日常を描きたいと思いました。
「そのうちcafe」は住宅地にあって、隣には地域の人が集う公園がある。そしてcafeの窓越しに公園で遊ぶ子どもたちの姿が見えるんです。
その情景が、子どもと生き別れた主人公が、会えない子どもを探し求める作品の設定にぴったりでした。
あと、鳩もいる(笑)
当初、村田さん扮するホームレスが餌をあげるシーンを予定していて。
いつもはいるのに、撮影の時は思い通り寄ってこなくて困りました。
野生の動物ですからね。
-セリフも京都に馴染んでいます
柳さん:京都(関西)の言葉にはこだわりました。
関西のツッコミって、つまらない話でもオチまで付けて乗ってあげる感じが良いなと。だから、作品にも生かしたいと思っていました。
ただ、京言葉や関西弁って独特のイントネーションが難しいですよね。そこで大阪出身の東 茉凜さんを主演に。
また、近藤芳正さんは京都に移住されていますが、ネイティブではありません。なので、京都出身で映画関係者の先輩に台本を渡して、気になる箇所を自然な京言葉に言い換えてもらいました。
さらに現場では、その台本をもとに、関西出身の俳優・仲野 毅さん(カフェの常連客役として出演)に指導をしていただくなど、言葉にはかなりこだわりました。
京都の「余白」が生きている
柳さん:実は、今回の作品で最もこだわったのが「余白」です。
役者さんに「もっとセリフをゆっくりと」とか「もっと粘ってほしい」など、空白の「間」をつくることに時間をかけ演技指導をしました。
それは子役も同じです。
言葉を発していなくても、そこに漂う空気感も大切にしました。
-映像全体の雰囲気を大切にされている印象を受けました
柳さん:1シーンを長く回すことで、周囲の雰囲気ごと作品に没入してもらおうと思いました。
2ショットのシーンが多いことや、公園やカフェなどの背景、キャンドルの火なども使って、人間の関係性や登場人物の心の揺れなども描いています。
-作品全体に行間のような「余白」を感じました
近藤さんもおっしゃっていたのですが、東京は仕事の場所、京都は暮らす場所と感じます。
京都は、まちも人もゴミゴミしていなくて、程よい「余白」があります。それって、クリエイティブには重要だと思います。
嵐山の渡月橋あたりって、夏も涼しくて、川が流れる音を聞いていたら落ち着くんですよね。あと、建物の木の質感とか。
そういう環境にいたら、映画のあのシーンをどう撮ろうかとか、アイデアも浮かんできます。あと東京と違って夜が暗いのも良いですね。
でもやっぱり人口や興行収入の点で言えば、関東圏の市場は圧倒的なので、京都で制作して東京で稼ぐみたいな(笑)そんな形が良いかもしれません。
ー京都の空気感が作品にも生きていますね!
京都の映画シーンを盛り上げていきたい
ーこれからどのような作品に挑戦したいですか?
柳さん:私の原点ともいえる時代劇を作ってみたいですね。時代劇の現場から、技術だけではなく、仕事の向き合い方や多くの事を学びました。
でも作品がどんどん少なくなって、時代劇を作れる人も減ってきています。今なら、京都でならまだ作れるという思いがあります。
ただ、時代劇を作るとなると、セットや道具、キャスティング、広告や配給などで少なくとも数千万から1億程度の予算が必要です。
有名俳優に出てもらえれば興行収入につながるけれど、制作費もその分かかりますしね。資金調達はいつも悩みのタネです。
-映画がもっと身近になると良いですね
柳さん:映画業界は今、大きな変わり目だと感じています。
ネットの配信サービスの影響力も大きいですね。
シネコン(大型映画館)はまだ健在ですが、そこでは配給できない自主映画の立ち位置は厳しい。
京都にはミニシアターがいくつかありますが、自主映画を気軽に上映してもらうのは難しいのが現状です。
学生が運営する自主映画の祭典「スポットライト映画祭」などは、若手クリエーターの活躍の機会にもなっています。こうした上映会が京都にたくさんあれば良いですね。
京都の奇跡を映画館で!
この映画は、京都の人にこそ見て欲しいと思いました。
路地で遊ぶ子どもたち。
作品全体を包み込むゆるやかな時間と空気。
ひとつひとつのセリフに心を揺さぶるものがある。
どこか懐かしさもありながら、今を生きる人々の姿が描かれています。
身近だから見えにくいもの。その良さに気づける作品です。
笑顔を交えつつ、映画への熱い思いを語ってくださった柳さん。
気さくなお人柄の一方で、いろんな壁にぶつかりながら映画人として一途に歩んでこられた姿に、映画、とりわけ時代劇への深い愛をひしひしと感じました。
技術者、スタッフ、地元の人々、そして言葉と文化…数々の名作映画を生み出してきた京都で、奇跡のような出会いから生まれた作品。
あなたの心に何を届けてくれるでしょうか。
新たな京都の魅力も発見できるかもしれませんよ。
ぜひ、映画館でご覧ください。